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2008-11
1.埋木舎
- 2008-11-22 (土)
- 直弼の史跡を訪ねて
舟橋聖一の名著「花の生涯」は、直弼の生涯の友であり師匠となる長野主馬(後の主膳)が、初めて埋(うもれ)木舎(ぎのや)に寓居する井伊直弼を訪ねるところから始まる。先の彦根藩主井伊直中の十四番目の末子として生まれた直弼は、13人の兄全員が何らかの事情で藩主の座に就かないことにならない限り、藩主となることはできない。可能性がゼロに等しい環境の中で、生まれながらにして失意の人生を歩んでいたに違いない。埋木舎とは、花も実も付けぬままやがて朽ち果てていく我が身を例えて、自嘲的につけた名前ではなかったのか。
彦根城の天守を望むお濠の外側に面した場所に、埋木舎はひっそりと建っている。![]()
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埋木舎表門(写真左) 埋木舎玄関(写真右)
折からの築城400年を祝う祭り気分の華やぎの中で、格調高く聳える天守閣を訪れる観光客は多いのに、メインストリートからほんの僅かだけしか離れていないこの埋木舎を訪のう旅人は、あまりにも少ない。彦根城の天守を直弼の象徴のように思う人は多いのかもしれないが、むしろ直弼の原点はこの埋木舎にある。
初めて私がこの埋木舎を訪れた時に強く心を惹かれたことは、ほとんど可能性のない人生の中で、直弼が気持ちを切らすことなく精進を続けた事実である。30歳を過ぎるまで可能性のなかった男が、その後とんとん拍子に大老まで上り詰めていくことができたのは、埋木舎時代の人間としての蓄積があったからに他ならない。
ここが埋木舎であることを表す看板がなかったら通り過ぎてしまうであろう質素な門。周囲の景色の中に溶け込んだような空間を、私は恐る恐る潜った。安政の大獄の首謀者として恐れられていた長野主膳も、おそらくは何度も潜ったであろう門だ。
直弼の扶持は三百俵であったと言われている。今のお金にしてどのくらいの金額になるのかはよくわからないが、十四男とは言え、前藩主の嫡男である。その割には質素過ぎる佇まいとの印象を受けた。
ふと気がついて周囲を見回すと、建物の周りには様々な木がセンスよく配置されている。失意の直弼を慰めていたのは、あるいはこれらの木々であったのかもしれない。
玄関の左手から建物に沿って庭の奥へと歩を進める。
部屋数はそれなりにあるが、派手な装飾などは皆無で、あくまでも質素な木造の建物である。中に入ることはできないものの、目の前のこの建物に直弼が起居していたということ。しかもそれが、今からまだ150年ほどしか前のことではないという事実が、直弼を身近な存在にする。
部屋には、直弼が愛用していた食器などの品々が展示されている。湖東焼という土地の焼き物が風趣をそそる。ごくごく地味な生活を直弼は心掛けていたのだろう。歴史の大きな流れから取り残されたエアーポケットのような空間が、この埋木舎である。
この埋木舎で直弼は、何を考え、何をしてきたのか?これが私の最大の関心事である。
埋木舎表門
可能性のない人生であり、だからと言ってあくせく働く必要はない身の上であるから、このまま時に流されて気楽に生きていくことは出来たはずである。もしそのような生き方を直弼がしていたとしたら、彦根藩主となることも叶わなかったかもしれないし、ましてや、幕府の最重要職である大老の役職を務めおおすことはできなかったに違いない。
直弼の心の中には、野望の灯が消えていなかった。
足繁く通ったであろう長野主膳から、時宜を得た洗練された情報がもたらされたかもしれない。そこには、たか女との淡い恋ごころも彩りとして添えられていたかもしれない。私は150年前のまさにこの場所で繰り展げられたであろう様々な事々に、想像を逞しくさせた。
読者の皆さんには、名著「花の生涯」を読んでからこの埋木舎を訪れることを是非お勧めする。願わくば、諸田玲子さんの「奸婦にあらず」も読まれることを。これら直弼にまつわる小説を読んでから訪のう埋木舎は、感慨もまた特別なものとなる。
「花の生涯」は、NHKの大河歴史ドラマの栄えある第一回作品でもある。1963年というから、今からもう45年も前のことになる。その後も何度となくドラマの題材になっている。「花の生涯」についてはまた別稿で採りあげる予定であり今はこれくらいに止めておくが、埋木舎の展示の中にはこの「花の生涯」にまつわるものも多くあり、年配の方であれば感慨もひとしおかもしれない。
直弼は、父直中の死去後に御殿を退去して以来、藩主直(なお)亮(あき)の世子直元逝去に伴い直亮の養子として江戸に上るまでの15年間を、この埋木舎で過ごした。年齢にして17歳から32歳までの時期である。他の兄が他藩の養子として井伊家を去ったりしたことも幸運の一端としてはあった。兄であり藩主であった直亮の世子直元が病弱にして早世したことも、直弼に有利に働いた。しかし私は、これらの幸運が偶然の作用だとは思わない。直弼のそれまでの人知れず続けてきた精進が、徳川譜代の名家井伊家当主の座を自ら引き寄せたということが言えまいか。
世の中をよそに見つつも埋木の
埋もれておらむ心なき身は -直弼-
すでに四十代を迎えて未だに将来への展望が展けない我が身を振り返って、志を高く持ち常に心の準備を怠らない直弼の生き方が、心に鮮やかに映った。直弼のようにはいかないけれど、心の準備を大切に守りぬいていけば、私のささやかな人生もまだまんざらでもないかもしれない。
幽かだが満たされた心持ちで、私は埋木舎を後にした。門外の位置からお濠を隔てて見上げる彦根城の天守閣が、眩しかった。
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直弼の史跡を訪ねて(紀行文シリーズその1)
- 2008-11-22 (土)
- 直弼の史跡を訪ねて
直弼の足跡を訪ねて
Ⅰ.彦根編
1. 埋木舎
2. 彦根城
3. 多賀大社
4. 大洞弁財天・龍潭寺・井伊神社
5. 天寧寺
Ⅱ.江戸編
1. 彦根藩上屋敷跡(憲政記念館)
2. 彦根藩中屋敷跡(ホテルニューオータニ)
3. 彦根藩下屋敷(明治神宮)
4. 旧品川宿(土蔵相模)・愛宕神社(水戸浪士集結の地)
5. 桜田門
6. 豪徳寺(墓所)
7. 掃部山公園(桜木町)
Ⅲ.京都編
1. 金福寺・圓光寺(たか女終焉の地・墓所)
Ⅳ.書籍紹介
1. 花の生涯 舟橋聖一著
2. 奸婦にあらず 諸田玲子著
3. 桜田門外ノ変 吉村昭著
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☆★紅葉と雪のコラボ★☆
- 2008-11-20 (木)
- 周辺のご案内
紅葉がいよいよ本番になりかけたと思ったら、今日、初雪を観測しました。例年より、1ヶ月早い初雪でした。
この写真(上)は、当館前のグランドゴルフ場です。浅井グランドゴルフ愛好会の皆さんによって運営されています。
早朝の小谷山(上)です。後ろの山が小谷山です。錦絵の山々がガトーショコラになりました!!
午後になって、青空が見え始めました。すると、それまで頭の上にあった、どんより鉛色の雲が退いて、新雪を抱いた伊吹山が顔を出しました。伊吹山は、冬はスキー、夏は、山頂のお花畑の散策で賑わいます。当館から車で約30分です。
その日は、夕焼けが拡がりました。夕映えの写真です。電柱と電線が邪魔!!
道路には、雪は全くありませんので、お車の走行には支障はございませんので、安心してお出かけ下さい。
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★☆姉川の合戦跡巡りハイキングのご案内☆★
- 2008-11-11 (火)
- イベントのご案内
来る11月24日(月)、姉川の合戦ハイキングが、開催されます。
今回は、織田・徳川軍のコースを約2時間かけて、ボランティアガイドさんと一緒に歩いて周りま す。前回は、浅井・朝倉コースで、約70名の参加者がありました。
今回巡る主な場所は・・
- 石田三成屋敷と横山丘陵
- 徳川家康と岡山
- 織田信長と陣杭の柳
- 龍ヶ鼻の砦
- 遠藤直経の墓・・・です。
参加料無料で、昼食に、芋煮やおにぎりがでます。
是非、ふるってご参加下さいませ。詳細は、須賀谷温泉までお問い合わせ下さい。
お問い合わせ先 0749(74)2235 (須賀谷温泉 中西)
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周辺の名所ご案内
- 2008-11-05 (水)
- 周辺のご案内
浅井能楽資料館
ここ浅井の地は、絹織物の歴史が古く、聖徳太子の時代にさかのぼると言われています。
江戸時代には、澄んだ水の流れる姉川下流地域で養蚕が盛んに行われ、この地の絹糸が、天皇、公家、将軍、大名家の人々の装束や能装束に使われていました。
能という芸能が室町時代に完成されたのに対して、能装束は江戸中期に舞台装束として集大成されました。能装束の第一人者である山口憲(やまぐちあきら)氏は、この江戸時代の能衣装の復原に見事成功されました。
江戸時代に使われていた光沢と抗張力に富んだ上質の絹を求めて、山口さんが浅井の地に足を踏み入れたのは、今からおよそ26年前のことでした。
当時、浅井には、江戸時代の手法で糸取りを経験していた女性がいました。山口さんはこの女性たちから製糸技術を学び、原材料である桑も自ら栽培し、試行錯誤を繰り返されて、江戸時代の絹糸の取得に成功されたのです。
さらに、江戸時代の文献を手がかりにして膨大な時間と手間をかけて当時の染織の技術をも駆使し、将軍家、大名家に伝わる能装束を復原されています。当時の染織の技術や美しさをありのまま伝えるとともに、実際舞台の上で活躍する観世流、宝生流、喜多流、金春流の名人名手の能役者に舞台で使用され、高い評価を得ています。
能装束、能面、その他、能楽に関する資料を管理、保存するために山口さんは、浅井の風土を選んでくださいました。能楽資料館 是非一度訪ねてみてください。山口さんによって手がけられた、とてもすばらしい気品あふれる能衣装や能面等が展示されています。
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2008年11月のお献立
- 2008-11-01 (土)
- 今月のお献立
☆★:∴: 霜月のお献立 :∴☆★
~季節の会席のご紹介~
前菜いろとりどり
【小鉢】 帆立焼き霜 黄身酢 黒豆
【前菜】 鮭奉寿司 子持鮎甘露煮公孫樹南京
紫菊甘酢漬け錦玉子菊花蕪イクラ
【刺身】 車蝦 鯛 ヨコ輪 芽物色々
【吸物】 卵摺り流し 蟹糝署芹
鯛の荒焚き 大好評です
【焼物】 柚子釜焼き 柚香大根
【煮物】 鯛荒焚き 豆腐 木の芽
【台物】 和牛シャブシャブポン酢
【止椀】 麦味噌汁
【食事】 近江米
【香味】 糟漬け
【水物】 栗羊羹 梨
☆★内容は市場の仕入れ状況により日々若干異なる場があります☆★
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