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イベントのご案内 Archive
長浜花火
- 2009-08-12 (水)
- イベントのご案内
今年の長浜の花火は格別でした。1万発が、あっという間に感じるほど、圧巻でした。あまりにも素晴らしくってこの感動を留めておきたいと思い、手持ちの携帯のカメラで撮りました。花火を撮るのって、タイミングがとってもむずかしいです。
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小谷山の一角 本宮の岩屋巡り 一日回峰行
5月23日、小谷山の一角にある洞窟(本宮の岩屋)への一日回峰行がありました。ここは、物部守屋が蘇我氏と戦って負けて逃げ隠れていたところです。
朝8:30参加者続々登場。聞くところによると、かなりハードとのことで、私はご辞退するはずだったのに私よりご年配のご婦人方に戒められ参加することになってしまいました(泣)。
主催者側が参加者の為に杖を用意してくださってましたが、うちの社長の杖は、自前。魔法使いの杖みたい!!
登山の前の準備体操。ラジオ体操第一よ~うい~!!
いざ出発。地元のテレビ局も取材にきました。このお姉さん、途中までカメラを担いで山を登られました。ご立派!!
まずは、浅井家に仕えた侍女のお墓から。
相応和尚(そうおうかしょう)生誕の地(写真がずれました!!)相応和尚は、比叡山の千日回向の創始者で、もともとこのイベントはこの和尚さんを偲んで始められたものです。
相応和尚(そうおうかしょう)は、菅原道真公と互いに学び支え合う無二の親友だったそうです。菅原道真公が右大臣のとき、左大臣と意見が合わず九州に左遷されることになり、和尚との別れの際、「死んだら、これで弔ってくれ。」といって2品の形見を手渡しました。そのひとつが、菅原道真公自作の肖像です。
もうひとつの形見の品はこの鏡。今も残っているなんてすばらしい!!!
早くも出遅れてます!!さあ、いよいよ登山。もう後へは引けません!
話は変わりますが、向うに見える小さな集落が谷口(たにぐち)。石田三成は、関が原に負けて、写真右手の山道を逃げて、この集落で一夜を過ごしました。
この辺りから、私メは、へばって参りました。写真の数も口数も激減していきます。ごめんなさい。
こじきさかと読みます。ここで、姉川の合戦に負けて逃げてきたお市の方と三姉妹は、乞食の服装に着替えて実宰院(じっさいいん)に逃げこんだといわれています。山なので、坂があるのはしかたない。
松くい虫にやられた松。
ひたすら無言で歩きます。かなりへたばってます。
本宮の岩屋へは、一旦登って、また少し下ります。
おお、いよいよ洞窟が見えてきました。しめ縄がしてる???
立派なしめ縄。しめしめ・・・ジョークを行ってる余裕は全くなし。
メタボ検診ではありません。でも、こんなに狭いところを通らなくてはならないのです。ここの奥が洞窟になっています。
地元の方が、こっちに右足かけて、こっちに左足のせて、一段下がって・・・と誘導して下さって、なんとか、洞窟の中にやってきました。とりあえず真っ暗闇です。とりあえず、シャッターを押したけれど、何がなんだかちんぷんかんぷんです。川西さん(指導員さん)の携帯が鳴りました。なんだか、そんなことでさえ、ほっとします。「こんなとこでも通じるんや。」と川西さんがおっしゃいました。天井に懐中電灯をやってみたら、こうもりが100匹くらいぶら下がってました。ぎゃ!!
物部守屋氏はこんなところに、隠れていたんだ!!村の人たちもここまで、食事を運んであげたのですね。なんだか、じ~んと来てしまいました。洞窟から出てきたある男性は、「心が浄われた気持ちだ!!」とおっしゃってました。すばらしい。
洞窟に別れを告げ、登山を続けること20分。さて、これから以降は、戦国時代の史跡がどんどん現れます。お、これは、須賀谷温泉と同じ色の水たまり・・・。やっぱ、お市の方は、須賀谷温泉のお湯に浸かっていたんだ、ここで確信した次第です。
ちょっと、平坦な場所に出てまいりました。昨日雨が降ったので、木々がきれいです。
写真でわかるかな?べこんと、道が深く掘り下がってました。これは、自然にこうなったのではなくて、敵陣の馬が足をとめるように、わざとやったそうです。
本丸への表示と、刀洗池。
石垣が少し残ってました。
やっと着きました。本丸。ここでお昼ご飯。
赤尾屋敷跡への表示。家来の屋敷で、長政公は自刀(泣)
馬洗池。
首切石って、小さい頃は呼んでた・・・
小谷山にはカモシカも生息しています。
小谷山の麓に広がる西池(ため池)。こだまが響き、幻想的な池です。この池は、物部氏が住民たちの厚い心に感謝し、貯水の方法を伝授したものです。物部氏は西池のほかにも、たくさんのため池をこの地に作りました。そのおかげでこの地は豊作に恵まれました。人々は物部氏に感謝し、物部氏が亡き後も、波久奴(はくぬ)神社に霊を祀り大切に思いました。今もなお、この神社は「はぎのさん」と呼ばれこの地の人々に親しまれています。
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石田三成ゆかりの地(長浜市石田町)
長浜市石田町(当館より車で20分)は、石田三成の生誕の地です。この地は昔、近江ベルベットという質の高いビロードの生産が盛んでした。この写真(↓)は当時の工場です。レンガが作りでアーチ状の窓など、とても素敵なデザインです。
ここには、石田三成会館や、石田神社があります。訪れる人の誰もが、隅々にまで手入れが行き届いていることに驚かれます。石田三成顕彰会の人たちが長年にわたりこの地を守り続けてこられたのです。
小さな子どもさんも清掃作業に積極的に参加されてました。地元の方々が三成公を大切に供養されていることが伝わってきました。
会館の中は三成ゆかりの資料が展示されています。館内で顕彰会の人にお話を伺う機会がありました。現在、石田三成の末裔の人たちは現在津軽藩(青森県)におられるそうですが、でも、石田町にも、一居さんという方々がおられまして、「石田」という漢字の組み合わせ方を変えると「一居」という文字になり、もしかしたら、一族が身を隠して生き延びていた・・かもしれないという説もあると教えて下さいました。
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曳山タペストリーの謎
4月中旬には、長浜祭りが行われます。
長浜城主だった秀吉によって始められ、秀吉の男児誕生を祝って配られた金を
もとに町衆たちが舞台の付いた曳山をつくり、舞台では子ども歌舞伎が演じら
れるようになりました。
曳山の後面には見送り幕と呼ばれる大きな幕がかけられていますが、12基ある
曳山のうち、翁山と鳳凰山の2基の見送りには、16世紀後半にベルギー地方で
織られたタペストリーが使われています。
翁山の方は2人の武将を中心とした図柄、鳳凰山の方は4人の貴婦人を中心と
した図案です。鳳凰山の法は祇園祭鶏鉾の見送幕や霰天神山の前掛等と本来一
枚のタペストリーだったものを分割、切断した一部であることがわかっており
トロヤ戦争を題材に製作された王連作のうちの一枚だということが解明され
ています。
作者もブリュッセルの二ケイズ・アエルツという職人だとわかりました。翁山
のものも鳳凰山のものも、おそらく桃山時代から江戸時代初期にヨーロッパか
らもたらされたものでしょう。それが長浜の町衆の手に渡ったのは19世紀初
めの文化・文政の頃と言われています。
しかしながら、誰がどのようにしてヨーロッパから持ち込んだものか、そして
、日本へ来てから200年間どこにどのようにしてつたわったものか、謎は、
まだまだ尽きません。
それにしても、秀吉ゆかりの長浜祭りに、秀吉と同時代のヨーロッパで作られ
たタペストリーが飾られているということは、偶然なのでしょうか。秀吉の時
代、日本はヨーロッパと共に歩んでいました。南蛮船が来航し、ヨーロッパの
文物が入ってきて文明開化のような刺激を受けた当時の日本。ヨーロッパと接
しながらも劣等感も感ぜずに豪華絢爛たる安土桃山文化を現出した日本。
その後、徳川時代になり、残念ながら鎖国が始まり、日本は自らの殻の中に閉
じこもってしまいますが、あの輝かしい時代の形見ともいうべきタペストリー
が、今なお秀吉ゆかりの長浜祭りに花を添えているのはなんとも、感慨深いも
のがあります。
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☆★★浅井三姉妹物語★★☆ の漫画ができました!!!
- 2009-01-15 (木)
- イベントのご案内
お市の方の娘、 お江、お初、茶々の三姉妹物語の漫画ができました。長浜市観光協会作です。
これで、戦国時代の大まかな流れがわかります。
戦国武将やお市の方、戦国時代に興味のある方、これから戦国時代に興味を持ってみようと思っておられる方に無料でお配りしております。
フロントまでお申し出下さいませ。
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盆梅展 始まりました!!
左:慶雲館の中の神社で厳かに祈願祭。早朝は雪が降ってましたが、祈願祭が始まる頃にはピタっと止みました。
中央:テープカット
右:物産コーナーも品揃え豊か。皆様のご来店をおまちしてま~す。
左:「ゆけむり」という名の盆梅なので、目に留まりました。
中央:昨日のブログでご紹介した小川さんとともに、盆梅を守り続けてる縁の下の力持ち 田中さん。
右:お茶席。お抹茶と和菓子で、一息ついてください。
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長浜盆梅展 準備万端!!
盆梅展開場式2日前。朝からたくさんの市民ボランティアが終結し、会場内外の清掃をやりました。
須賀谷温泉からも清掃活動に参加して参りました。
会場となる慶雲館は庭もとても素晴らしく、隅々まで手入れが行き届いています。
一番人気の花音(かのん)。形がいいので人気が高いそうです。(写真左)
昇龍梅。先端部が龍の頭の形に似ています。昔はもっと似ていたそう。(写真右)
明治天皇がお立ち寄りになられたときにご休憩された慶雲館2階。レトロな感じがぐ~。
丹精こめて盆梅を守り続ける小川さん。この日も大活躍。情熱が伝わってきました(写真左)
館内には休憩場やお土産コーナーもあります。屏風は京都大徳寺のお坊さんの書(左)
去年、梅の鉢植えが大人気でした。今年も販売コーナーがあります。(写真右)
当館にお泊りのお客様には、入場券をプレゼントしております。是非ご利用下さい。
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20周年を迎えました
- 2008-12-31 (水)
- イベントのご案内
この地方は、観音の里としても有名で、渡岸寺の国宝十一面観音をはじめ、数多くの重要文化財が点在しております。どの観音様も、庶民の手でずっと守られて来られたものです。
この土地柄もあり、当館にも十一面観音像が祀られています。この観音様は、めずらしく座っておられる十一面観音です。この観音様が温泉に来た由来は、初代社長が、湯治に来る人のために薬師如来様がいてくれたらなぁと、余呉にある全長寺というお寺のお坊さんに相談に行ったところ、大切にして世の中の人々の目にも触れさせてもらえるのなら喜んでと快諾してくださり、この観音様をお預かりすることになったものです。
今年ではや20年になります。その間毎月18日、余呉からお坊さんが般若心経を唱えに来て下さいました。20年間、毎月通い続けて下さったお坊さんも今年で95歳をお迎えになられました。お元気です。とても味のあるすばらしい般若心経です。もし、機会があれば18日、のぞいてみてください。
また、18日に限らず、拝観希望の方は、フロントにお申し付けくださいましたらご案内致します。
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